活動報告ACTIVITIS
入間宮寺教会献堂100周年
9.19
9月19日 入間宮寺教会献堂100周年
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入間宮寺教会の献堂100年を祝うために、さいたま教区の四県からこの教会を故郷にしている方たちが集まった。 聖堂は小さいので100名あまりでいっぱいになり、外には入りきれになかった人たちがあふれた。 また、時を同じくして所沢教会には信徒達が集まり、藤田薫神父とディン神父と共に同時中継の画像の前で祈った。 |
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歴史を紐解いた。(詳細は、『宮寺教会100年の歩み』記されています。) |
56年前初めて宮寺教会を訪れた時を思い出してみると、耳から離れない音があります。 それは、織機織りの音です。当時殆んどの家が紬をおっていました。 周りは桑畑の農家があり蚕を飼っていて、養蚕が盛んでした。 現在、東京八王子郊外(当時神奈川県南多摩郡)出身の山上卓樹は横浜で洗礼を受け、この地区で宣教がはじまりました。八王子地区は織機の付属具の竹筬製造が盛んで、商用で出かけたこの入間郡宮寺村の川しまさんと出逢ったのです。川しまさんと親戚たちは洗礼を受けその出会いから宣教師達を宮寺地区に招いたのでした。 こうして信仰の喜びは生糸を通して、八王子、宮寺、川越、群馬の人たちをつないでいったのです。 |
私は、1965年から25年間担当いたしました。 その時のエピソードを二つ。 1 屋根の修理をする資金捻出にに頭を痛めていた時、ドイツ人司祭ゲレオン神父が200万円の札束を机の上に突然置きました。無利子、無利息でお貸しいたします。返せるようになったら直ぐに返してください。これは、アフリカなどのもっと困窮にある方たちへ送ります。・・このお金は、三ヶ月で返却することができました。 2 1980年頃、私が青年達と関わるきっかけになったのですが、この教会は暴走族「特攻武蔵」の保護者会の会場となりました。 |
この教会を八年間担当しました。 この教会で洗礼の喜びからお葬式まで、人々が集い、共に祈り活動し一致した姿を表してきました。 私は、もう一つの違う音が耳に残っています。 それは川しまさんが鳴らす鐘の音です。 これからもここに集う人々、新しく訪ねる方々を神様が祝福し守ってくださいますように。 そして、小さな教会の鐘が人々の心に響きますように。 |
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